| 家系存続の条件
1、私達は、自分の家がどのようになって行くか、子孫は、家を継いで繁栄させてくれるのであろうか、自分の代でこの家は終わってしまうのではないだろうか、などといろいろと心配するものです。人はやはり自分一人だけのことを考える以上に、自分と継がりのある人(後孫)のことが気になるものです。どんな人でも、いずれ先祖の仲間入りをするのですから気にならないはずはありません。
“老人を大切にしなさい。''と人はよく言います。何故でしょうか。その老人が生きてきた人生が立派だったからでしょうか。中には、悪いことをし、社会に迷惑をかけてきた老人もいるでしょう。それでは、何故老人は大切にしなければならないのですか。.人生の知恵を持っているからですか。そうでもなさそうです。私が考えるに理由はひとつです。それは、ご先祖の仲間入りをする日が近いからに違いありません。老人の為に老人を大切にするのですか。残念ながらそれも違います。自分の為に老人を大切にするのです。子孫の私達は霊界での評判をよくしておかなければならないからです。老人が死んで先祖の仲間入りをし、生きてる後孫の悪口を言ったらどうなるでしょう。ご先祖達は私達を助け、守り、人生における目的成就の為に、協カレてくれなくなるからです。そのことの方がこわいのです。
2、私達は何の為に、今まで家系術の勉強をしてきたのでしょうか。それは、先祖のことを知り、この地上で生きていく自分達が何をしなければならないかと言うことを分析し、理解する為でした。そして、宇宙の公式路程の原理原則にのっとって、その使命を果たすことにありました。
3、ここまでわかってきた以上、家系術の原理によって生きる人生はどうなるのかということを明確にしなければならないのです。即ち、人生の目的とは何か、という最も大きな課題に直面するようになるのです。この問いに対する唯一のヒントが聖書割1/28の中にあります。
4、二の箇所は、人の人生における3段階を示していると思われます。
その@は、育めということです。先すは、自分を成長させることが重要であるというわけです。ここで問題は人を成長させるには、いったい何が必要かということです。
中国の近思禄という書物には“飽食、暖衣、一居して「教」なくば禽獣に近し''という言葉があります。人間が人間らしくあるためには、この「教」が絶対に必要なのであります。即ち、「教」なくば人は人足り得えないのです。狼に育てられた子供は、形は人ながら、やはり、狼なのです。ここに「教」のむつかしさがあります。誰かが、この「教」を伝達しなければ、そして、この「教」を受ける人がしっかりと相続しなければ、「教」が「教」として生きてこない、即ち人は充分な資格を持った人足り得ないのです。
そこで、「教」の内容が問題なのであります。よく“明日に道を聞かば、夕べに死すとも可なり"などという求道の精神を聞きますが、この道を「教」にたとえれば、もっとよくわかると思います。この「教」によって、文化圏がつくられ、人間は様々な発展段階を経てきました。今では世界はインド教文化圏、キリスト教文化圏、回教文化圏、仏教文化圏と四大文化圏に別れています。いずれこれらの文化圏も結合しながら一大文化圏へと発展して行くと思われます。
さて、話を本題に戻して、「教」とは人間が人聞として生きる為のものですから、物の考え方、価値観の問題になります。このことは、人はどこから来たのか、人間とは何なのか、人生の目的はといった人間の根源にかかわる真理の問題になるのです。
そこで、それぞれの民族は、自分のルーツとしての神話を持つのです。ルーツは持っても、人間としての生き方というのは、いったい誰が教えてくれるのかということです。
この人間としての生き方を、それぞれの民族にわかるように教える人が現れました。これが四大聖人といわれる人達であり、それぞれの宗教と文化圏の開祖となった人達です。
そのAは、増えよ、ということです。人が増える為には、結婚しなければなりません。そして、子供を産んで家庭をつくるということなのです。そうすると、この結婚による夫婦生活は、その基盤となるものは、自分をどのように育んできたかということであり、どのように人について考えているかということになります。そうすると@ができていなければ、Aはうまくいくはずがないのです。
家庭は、人が集まってつくる集団の最小単位です。家庭という中で、人は様々な訓練を受けま九この家庭の中で、実は@が成就できるようになるのです。
そうすると、この増えよという中に、人は存在をかけた家庭という単位が含まれているあです。家庭のあり方を考えれば、@の育むということの大きな意味がそこに生きてくるのです。Aの中に@あり、@なくしてAなしということです。
そのBは、よろずの物を治めよ、ということです。森羅万象、万物を治める為には万物をよく理解しなければならないことです。理解する為には、万物の内容をよく知らなければ、理解することはできません。
その為には、たくさんの知識が必要なのです。科学的に豊富な知識が万物を如何にすばらしく治めるかということにつながるのです。そして、この万物と人間の位置関係、万物に対する価値観、万物に対する接し方等を、どこで学ぶかということになるのです。
これも、Aの増えよという家庭の申で学ぶべきものなのです。この家庭の申での基本的な学習がなければ、森羅万象を正しく治めることはできないのです。こうして正しく科学的知識が利用されるようになります。
以上の観点から@、A、Bの3つの中で、全てを内包するのはAであるという結論になるのです。そこでAの内容をよく理解しないと、人が生きるということと、人の時間的継りである家系の存続と使命という問題の解決はできないでしょう。
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