★第2のターニングポイント
● 看護師になりたい! 私は中学校くらいから本格的に看護師になりたいと思い始めました。
それも今から考えると3つの理由からだと思います。
1,純粋に人助けをしたいと思ったからです。
ある時、可愛そうなインドの貧しい人たちの内容がテレビを見てしまったのです。
マザーテレサのお話だと思います。貧しくて病院にも行けない人々がゴロゴロと道に倒れていた。そこをマザーテレサが訪ねながら、手当てをしていた。
また病院のような修道院のような施設で、収容している病気の人々の悲しそうな姿が目に焼き付いたのです。可愛そうに、日本では考えられないレベルです。世の中にこんなことがあること自体信じられない。少しでも将来お役に立ちたい。と幼心に思ったのです。
本当は医者になれたらいいな〜と思っていました。でも、それほどまで頭は良くない。せめてその補佐の看護婦さんにはなれるのじゃないかしら?
とにかく、真面目に直接的に人助けしたいと思っていたのです。人の痛みの分かる看護婦になって、少しでも痛みを緩和するお手伝いをしたい。将来もしできるなら、インドに行ってお手伝いしたいなあ〜と思ったのです。
2,そして、もう1つの理由は、何か私の持っている疑問が解けるかもしれない。と思ったからです。看護婦は人の生と死に直に触れるお仕事です。小さい頃から疑問に思っていた私の心の世界で宿題みたいな疑問が解けるかも知れない。そう単純に思ったからです。看護師は生死に直接対面するお仕事です。そんな機会に死んだらどうなるのかもっと考えることができ、何か自分で悟ることが出来るのではないかとというほのかな期待があったのです。
3、それと現実的には、国公立の看護学校はお金がいらなかったからです。
今とはシステムが違い、当時、もう35年ぐらい前ですが看護師不足で看護師になるための優遇措置でほとんど経費がかからなかったのです。
高校を卒業して3年間ほとんどただのようなものです。全寮制ですし、寮費ダダ、食費はタダです。その代わり病院の患者さんと同じものを食べていました。1ヶ月1万円のお小遣いだけが仕送りされていました。
もちろんアルバイトなんてやる暇はありません。経済的には親孝行です。そして自分の目標としている看護婦にもなれるのです。一挙三得!。それで迷わず看護学校に進んだのです。
私は京都の看護学校に入学しました。看護学校は、看護婦としての知識と技術を習得するものです。でも私は技術的なことにはあまり関心がなかったのです。今でも不思議ですが、もっと人間の根本的問題に関心があったのです。もっと勉強して、哲学でも学べば良かったのかもしれません。
それに私は、あまり看護婦として器用ではないような気がしたのです。
看護学生としても、あまり優秀ではありませんでした。成績もたいしたことはないし、実習でもミスが多かったように思います。消毒したガーゼをよく落としたり、注射も上手ではなかったと思います。劣等生に近い状態でした。
解剖学で実際の人の解剖の見学をしたり、病棟の実習をしていくうちに
いろんな疑問がまた湧いてきたのです。人間を物のように扱っているように見えたのです。私の思っていた世界、求めていた世界は、もっと精神的な世界で本質的な世界だったのです。もっと心の世界を高めたいという思いが強かったのでしょう。
それだけでは飽き足らなかったのです。 何を寝ぼけたことを言っているのかしら?と思うかもしれませんが当時の私は大まじめに真剣にそう思っていたのです。私の実習していた病院は長年結核の患者さんがいる特別な病棟がありました。そこでは、家族とつながりが持ちにくい状態の患者さんが沢山いました。
社会復帰の出来ないかた、家族が帰ってきて欲しくない状態の患者さんが沢山いました。帰るに帰る所のない人々をどうしたらいいのかしら?
と思ってみたり、もっと精神的、社会的に解決しなければならないことがいっぱいある。
私の求めていたものは、肉体的な看護婦ではなく、精神的な看護婦のような気がしたのです。格好良く言うと心の看護婦です。肉体の看護は私がしなくても沢山いるからやってもらえる。私しかできないもっと違う心の看護をしたいと思っていたのです。
看護婦は立派なお仕事だと思います。社会にとって必要欠くべからずのお仕事です。だだ私の場合は、ちょっとはみ出したのだと思います。当時の私はかなり観念的だったと思います。お給料が高いからいいとか、手に職を持つと一生食いっぱぐれがないとか、そういう動機は不思議と全くといってなかったのです。
今から考えるとどう考えても不思議なくらいです。生活観念が全くと言ってないのです。とにかく、看護学校に入ったのだから、国家試験だけは合格しないと行けない。それだけは結果として取らなければと思い、やっとの思いで勉強して国家試験は合格しました。とにかく私のこの3年間は、暗黒の3年間でした。青春時代楽しい思い出と言うより、悩み多き青春時代だったのです。
● 看護師にならなかった私!
そんなわけで、私は、看護学校を卒業しても、看護婦になる意味を見いだすことが出来ずにいたのです。もっと哲学的なものを自分の中にしっかりと持たないとやっていく自信がなかったのです。一生看護婦として仕事をしていく自信がなかったのです。
もっと自分を磨く修行をしないと行けないと思ったのです。なにをもったいないことを言うの?と思われるかもしれません。でも、当時の私は、いまでいうはみ出し者です。真面目すぎるはみ出しもの!そういうと変かもしれませんが・・・・。不真面目ではみ出したのではなく、真面目に考えすぎてはみ出して看護婦にならなかったのです。
もし、私がそのまま看護婦になっていたら、今の主人にも出会わず、今のように占いカウンセリングをしていなかったでしょう。人それぞれの人生、私は決して後悔はしていません。むしろ私の場合良かったと思っています。
私は看護学校卒業後、すぐに看護師にならずにしばらくいましたが、
人生の勉強と思い、思い切ってある総合商社の健康部門に入社しました。
毎日毎日、来る日も来る日も営業に回りました。 |