★第3のターニングポイント
後からこの決断は正しかったことが証明された。本当にバブルが崩壊したのだ。虚飾に彩られた商品はことごとく市場から姿を消すハメになった。あのままいってれば立ち直れないくらいの借金で、今ごろはどうなっていたかわからないのだ。占いの成果をここで改めて思い知らされた。そこでこの占いの手法をもっと世の中のために役立てることはできないだろうかと、寝ても覚めてもそのことで頭がいっぱいになってしまったのだ。
日本国の運勢については、下記を参考にしていただければ少しは分かるかも知れない。
http://www.yo-in.com/mail_magazine/070105.html#2007
占いが高じて仏教書から聖書から様々なものを研究して読みあさった。そういう中で、一番ひかれたの空海の陽と陰の思想である。人というのは何かに集中しているときというのは、世の中は出来事は見えなくて気にならないものなのだ。その時は、夢かうつつの世界に生きていたように思う。いつも不思議な夢を見るようになった。そして、夢の中で禅問答のようなことが行われている。そして誰かにいつも問い詰められているのだ。それが誰なのかはわからない。
あるとき夢の中で大きな声の主に追われて、山野を逃げまどい、渓谷の吊り橋を渡り、海辺まで逃げてきたときだ。それは、ある数式を解かないとお前を殺すという恐ろしいものだったのだ。そこで、思いあまって声の主に叫んだ。お前は誰だ!声の主は大音声で答えた。・・・「コンハイ」・・・。そこで、夢は突然に終わってしまった。
人間の閃きなんていうのは、どこでやって来るのか全く検討つかないものだ。あるとき風呂に入っていた。そしていつもの癖で、露滴でくもった風呂の壁面に○を書いていた。三つほど何気なく書いた○を見て頭の中に閃光が走ったように、まるで長いトンネルを抜け出して突然に光が飛び込んでくるように頭の中が鮮明になったのである。全てがわかったような気がしたのだ。この段階ではまだ気だけなのだから、それが理論的にどうなっていくのかを説明しなければならないという作業が残っていた。
ただ夢の中の声の主が誰なのかは疑問に残ったままであった。
新しい占いの開発を目指して研究が続いたが、ある時に何気なくビデオショップにふと立ち寄る気になった。そのビデオショップで目にとまったのが、北大路欣也主演の「空海」であった。早速そのビデオを借りてきて見ていると、さすがに圧巻であり引き込まれてしまったが、さらに驚いてしまったのはそのビデオの中で空海が中国語で自分の名前を「コンハイ」とつげていたことだ。あまりの驚きに、何度も何度も巻き戻して繰り返して同じところを見た。
自分が夢の中で出会ったあの声の主と同じ呼び方ではないか!自分を追い詰めて何かを悟らせようとしていたあの夢は、実はあの世から空海が現れて自分に何かを伝えようとしていたのではないかと考えさせられてしまった。
だから、占いの新しい考え方は断片的につづられた夢の中での記録をたどりながら構成された。自分で考え出したというよりは、夢の誰かに書かされてできあがったといった方がいい。今では、その夢の主は空海であると僕は思っている。
それからは精神的には充実していたが、いつまでも過去の遺産で生活できるわけではない。自分の今後の使命はこの新しい占いをして少しでも世の中の役に立つようにすることだと固く信じていたから、昔のように何かの事業をしてなどとは考えなかった。40をすぎてからこんな世捨て人のような生活を始めたのだから、まあ普通ではないといえばそうだろう!ここら辺が一番辛い時期ではなかったろうか!
こうして、その頃まだ占いといえば面談の鑑定がほとんどという中で、「電話で運勢鑑定します」という電話広告を1ヶ月3000円という小さな広告を出した。新しい占いの名前は「陽陰姓名術」と命名した。全ての人たちに受け入れられるという意味を込めてある。相手が全く見えない中で、電話だけで鑑定するというのはよほど自信がないとできない占いだ。今でこそ電話鑑定が増えてはきたが、その当時としては画期的であったのだ。
それと平行してインターネットも始めた。はじめてホームページというものをつくったのだ。団塊の世代の後の僕らはコンピュータとは一番縁がない世代であった。何が何だかわからない中に試行錯誤して、宮本デザインというデザイン会社にホームページの作成を依頼した。そうして出発したのが今のホームページなのだが、最初の1年間は誰も尋ねてこなかった。依頼もゼロなのだ。これではどうにもならない。自分の志向を実現できないとあせる思いでホームページも勉強した。そうして手探りでできあがったのが今の命名・改名を中心とした「天使の占い」のサイトなのである。
この「天使の占い」サイトを立ち上げたのが、大きな影響を与えた。今まで小さな限られた地域だけであったのが全国へと波及したのだ。そこがとても驚きであった。こうして、占いというマイナーですが確実に人々の心にメッセージを送ることができるようになったのである。
これが第3のターニングポイントとなった。 |