私(宣丞)の人間観
人間観などというと、難しいことを書くように思われるかも知れませんが、私のは至って簡単です。価値観は単純な方がいい。そう考えていますから、難しく考えるのは苦手です。
人間そのものに対しての考え方には、昔から @性善説 と A性悪説 があります。インターネットの基本的なコンセプトは@の性善説であるようですが、実際は様々な問題が起きているのは事実です。私はこのどちらもとりません。第三の道 B中間説です。
B中間説 というのは、現実的には人は善志向型でありながら、どちらにも傾くのが人間の姿ではないかと思うのです。
だから人は状況や環境次第によっては、善にも悪にも傾いてしまうのだということです。もちろん例外もあります。その中には悪にうち勝つ美談もあるでしょう!でもそういう人は特殊な人や能力を持っている人だと思います。
私は凡人です。この凡人という言葉が好きです。学生時代に哲学を少しかじりました。仏教哲学です。その中に”無明”という言葉があります。無知と考えても良いでしょう!人は様々な間違いを犯したりします。そして、それを繰り返す愚かな存在でもあります。
それは自分に気がついていない、または自分が良く物事を理解していないところから来るものだと思います。その”無明”という部分にどうやって光をともすことができるかということが課題であったのです。
私には聖賢哲人のようなまねごとはできません。座禅もすぐに疲れますし、お題目もぴんと来ません。
そういうときにコーチングという手法?に出会ったのです。人がよりよくなるためのお手伝いということからすると、これは素晴らしい内容を持っていると直感しましたし、実際に学べば学ぶほど、奥の深いものであることがわかりました。
私は子育ての成功は、子供が自分で勝手に自分で大きくなったと思うようになってこそ成功と思っていました。そして、巣立ちをしていくことです。親の元から独立して自分の人生を歩き始めることなのです。しかし、それを実現するということはなかなかこんなんではないかと思っていました。
どうしてこういう考え方が生まれてきたかと申しますと、その原因は今思うと、母親にあるようです。「大きくなったら親の面倒を見るのが子供の責任だよ」といって、その他にも様々なことを押しつけられてきたように思います。するとどうでしょう!心はますます親から離れて行くではありませんか!理性と心は一致しません。こういう問題がずーとついてまわっていました。
だからこそ、親は子供の影のようでなければならないと思うのです。子供が自分の力で頑張ったと思うようになってこそ、はじめて親の責任が果たせるようになると思うのです。そう考えると、どのようにすればという方法論の問題がいつもありました。その問題に答えを出してくれたのもコーチングです。
私にとってコーチングは人間にとって魂のような「主体性」というテーマをもっともわかりやすく伝達してくれるコミュニケーションスキルです。 |