私(宣丞)のビジネス観
理想とするビジネススタイルは何かというと、「イタリア型」である。イタリアには残念ながら行ったことはないのだが、イタリアのビジネススタイルは実に面白いのだ。どうしてかというと、日本でいう大企業がほとんどいない。日本でも90%が中小企業といわれるが、イタリアはもっとすごい。
総人口5700万人のイタリアに、何と現在約2000万の企業体が存在するというではないか!一人一企業と考えられるのである。どこを向いてもみんな社長なのだ。日本はどちらかというとピラミッド型で、大企業傘下の中小企業というような構図ができあがっている。イタリアはそうではないらしい。そこが良いと考えているのだ。
イタリアはほとんどが中小企業と職人企業(アルティジャーノ)で、裾野が広い。こんな中小企業群国家でどうやって世界と競争しているのかと誰しもが考えるが、そこはイタリア人気質で、ファミリーを大切にし生活をエンジョイしていると思うのは一面で、「製品をしぼり、その代わり、きめ細かく品揃えしていることと、特注品に関して、設計から製品の納入までのスピードが他社よりも早い」というように、品質やスピード面でちゃんと競争力を維持する工夫をしているらしい。
これはイタリアという国の抱えてきた歴史性や文化に影響するところが大きい。これまでの戦乱や侵略などの試練に耐え抜いてきた国民は、大きなものを信用しないで、家族や結縁を信頼するという、どちらかというと身内主義に通じている。それが独創性を持って、一つの企業として自然に成立していくところに大きな魅力がある。
日本はどちらかというと「寄らば大樹の陰」「長いものに巻かれろ」というように、大きなものの庇護を受けることになれてきているせいか、自立性ということにかけては苦手なような気がする。市場が開放され、世界がグローバル化されていけば行くほど、「大きなもの」に引かれるようになるだろう。しかしその一方で大に吸収されることを拒む強い個性があることも事実だ。
企業寿命30年といわれるなかで100年の企業を創ろうと出発することこそ大切なのだと思う。亜細亜大学経営学部の横澤利昌教授によると、その条件は、
●ベンチャー精神 ●顧客価値経営 ●家業であること
●社是・社訓
であるという。こういう価値観を持っていることが100年の企業の道のりでは必要なのだ。
そういう意味では、日本の中でイタリアに通じる処はどこかというと、それは「京都」である。京都はイタリアとよく似ている。京都は歴史的に政治と動乱の中心地であった。政権は安定せず、何を信じてよいのかわからない中に生き残らなければならなかった庶民は、信じられるものは家族であり、その家業の存続と守りを第一条件に伝統とベンチャーという二つの世界を内包させながら、発展させてきている。
無借金経営で量より質、時代に踊らされず、利益よりも存続に力をおくサバイバル的な企業がこれからは必要ではないかと思う。昨今は、「週末起業」が叫ばれるようになり、こういう運動がもっと広がれば、イタリア的にみんなが社長になる日も近いと思う。どんな生き方を選択するかは個人の生き方なのだが、せめてみんなが社長になり社会に貢献できる大きな道をつくることができるようになれば素晴らしいと思う。もちろん大企業でなければできないことも多い。しかし、個人の生き方を考えれば、みんなが経営者という方が人間的により健全なのではないかと思うのだ。そういう意味では「1ファミリーが1企業」となれば、もっと良い世の中が来るのではないかと思う。 |